将棋小噺「動詞の使い方」

ふと思ったことを書く。将棋で出てくる動詞について考えたい。さりげなく使っている言葉にも大きながニュアンスの違いがある。例えば「歩を取った」という表現の中での「取る」だ。これは「取って」もいるが、「指して」もいる。場合によっては「動かして」もいる。では、「取る」「指す」「動かす」はどう違うのか。

①取る

「取る」というのは手の意味を込めた表現で、別の例で言えば、「退く」「かわす」「打つ」などがある。

②指す

「指す」というのは①の動詞全てに使えるだろう。それだけではない。次の手を決断して確定させるというゲーム進行の重要なプロセスそのものを指している。「将棋指し」という表現があるが、それは将棋の手の決断を行う人という見方ができる。とはいえ①の表現で決断したことを伝える場合もあるので、状況にはよる。ただし、「指す」には手の意味を伝える力はない。

③動かす

これは①の一部でもあるが、放送対局や感想戦の研究や脳内の読みなどで盤面を変化させることに対応している。「それでは盤面を動かして考えましょう」という台詞を耳にするが、主語が駒ではなく盤面であるし、決断とは別の仮想的な話をする時に使われる。

①②③に分けて話をしたが、例外も沢山あるだろうから、よくなかったかもしれない。どちらかというと機能を分類するべきかもしれない。動詞の機能は3つに分けられる。⑴手の意味を説明する、⑵手の決断、確定を示す、⑶仮想的な場面を展開する、である。

上記のことは観る将、指す将をしていると当たり前にわかることだが、そうでない人だと違和感のある表現をすることがある。語学学習においても似たようなことがある。教科書で勉強するだけでは中々ニュアンスを掴みきれず、ネイティブスピーカーに怪訝な顔をされるみたいなことは想像がつく。外国人が聞き慣れない表現をした時はこちらが理解しようと努めて寄り添う姿勢を示したくなる。うまく喋れなくても自然なことなのだから。それと同様に将棋に詳しくない人が間違った表現をしたとき、つっぱねるのではなく優しく寄り添うことで、より盛り上がるのでないか。そして、自身が正しく言葉を使えるようになるためにはその畑に身を置くことが重要だということも同時にわかる。